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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1700号 判決

控訴人 被告人 岩田庄七 弁護人 志賀三示

検察官 高井麻太郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人志貴三示の控訴趣意は別紙記載の通りであつて、之に対し当裁判所は次の通り判断する。

控訴趣意の第三点について。

原審公判調書に依れば立会の検察官事務取扱検察事務官は所謂冐頭陳述を為すことなく直ちに証拠の取調べを求めたのに、訴訟関係人に於て何等の異議もなく、その請求に係る証拠の取調の決定があつて、取調が施行されたものであることは明らかである。故に刑事訴訟法第二百九十六条本文に違反して訴訟手続が進められたものであることは所論の通りである。然しながら検察官の所謂冐頭陳述が必要とされる所以は、新刑事訴訟法では裁判官は事件の詳細に通じないで法廷に臨むものであるから、先づ以て証拠調の冐頭に於て検察官より立証方針を明かにすることが爾後の手続の進行上必要とされたからである。従つて所謂冐頭陳述を為すことなくして即ち刑事訴訟法第二百九十六条本文の規定に違反して検察官が直ちに証拠の取調を求めたとしても、手続の進行上何等の支障なく、且つ被告人の防禦にも何等の影響のない場合には、その手続違背は判決に影響を及ぼさないものといわねばならない。今本件に於ては公訴事実は何れも窃盗として事案が複雑でなく而も公訴事実につき被告人は何等争わないのであつて、検察官が所謂冐頭陳述なくして直ちに証拠の取調べを請求したのに対し訴訟関係人に於て何等の異議もなく訴訟手続が進められているし又爾後の手続進行の経過から見て検察官の冐頭陳述がないけれどもその為めに手続進行上何等かの支障があつたとは認められない。而も右冐頭陳述のなかつた為めに被告人の防禦に不利益を来したと認められる廉は毫末もないのであるから、検察官の冐頭陳述のなかつたという訴訟手続上の違背は本件判決に影響を及ぼすものでないといわねばならない。

次に原審公判調書の記載に依れば原審公判立会検察官事務取扱検察事務官は最初の証拠調請求に当り被告人の自由を内容とする司法警察官作成の被告人の第一、二回供述調書につき、他の書証と共に同時にその取調を請求して居り、之に対し被告人は証拠とすることに同意し且つ証拠調請求に異議はないと述べている。そこで右の如き証拠調の請求方法が刑事訴訟法第三百一条に違反するものであることは所論の通りであるが、元来本条は、何等の証拠の取調べもないのに、真先に被告人の自白を内容とする供述を取調べることにより、裁判官をして予断を抱かしめることのないようにとの顧慮に出ずるものと解する。本件にあつては、検察官事務取扱は赤根勝作成名義の盗難届謄本外五通の盗難届謄本に続いて検察事務官作成の鈴木信義の供述調書、次に司法警察員作成の被告人の第一、二回供述調書を順次掲げて之等の書証の取調べを請求し、その順序に右書証の取調べがなされた事は第二回公判調書中の記載(記録第二十四丁)と本件記録中右各書証の編綴順序により容易に之を覗うことが出来る。故に右被告人の供述調書の取調は即ち他の証拠(前記盗難届謄本五通、鈴木信義の供述調書一通)が取調べられた後に行われたものであると認められるから結局刑事訴訟法第三百一条の目的とするところは害せられなかつたものというべく右の訴訟手続法の違背は之亦本件判決に影響を及ぼさないものといわねばならない。

尚お原審公判調書には検察官より請求に係る各証拠を取調べた後並に弁護人より請求に係る各証拠を取調べた後夫々裁判官は訴訟関係人に対し「反証の取調の請求等により証拠の証明力を争うことが出来る旨を告げた」との記載があり、又第三回公判調書を精査するも弁護人が公判期日の続行を求めた旨の記載がない。故に原審訴訟手続には刑事訴訟法第三百八条刑事訴訟規則第二百四条に違反した廉はなく、又原審が被告人の立証を押付けて結審したという非難は全然当を得ない。

第三点を除くその余の控訴趣意について。

所論は要するに原審が被告人を懲役二年に処したのは量刑が不当であるというに帰する。然しながら本件訴訟記録に現われた諸般の事情を斟酌するに原判決の犯罪事実につき被告人に科した原審の刑は決して重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

以上本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 杉浦重次 裁判官 若山資雄 裁判官 石塚誠一)

控訴趣意書

第一原審ハ被告人ガ犯シタル窃盗罪ニ付懲役二年ヲ言渡シタガ、最大ノ過重ノ刑デアリ、且原審訴訟手続ハ破棄サルルモノガアル

第二被告人ハ全部弁償シタ、土蔵破リデハナイ、窃盗スルニ際シ単ナル御手伝ヲシタ程度デアル、之ニ対シ懲役二年ハ苛酷デアル、被告人ハ会社ノ專務トシテ生業ガアルモノデアル、進ンデ検察庁ニ出頭自白シニ来タモノデアル

第三検察官ハ冐頭陳述ヲセズ最初カラ立証シテ居ル、起訴状一本主義デアルカラ冐頭陳述ガ必要デアル、第二回公判ニ於テ検察官モ書証ヲ以テ立証シ、弁護人モ亦証人ノ喚問ヲ求メ双方ノ申請ハ採用サレタ、而シテ検察官ハ被告人ノ自白調書ソノ他ノ証拠書類ヲ全部証拠調ヲシタ、其後第三回ノ公判デ証人調ベガアツタ、之ハ明ニ刑事訴訟法第三百一条違反デアル、他ノ証拠ガ終ツテ始メテ検察官ハ自白調書ノ取調ヲ請求スルコトニ定メラレテアルニ他ノ証拠調ガナイニ拘ラズ自白調書ノ取調ヲ請求シテ証拠調ヲ終了シタ

更ニ刑事訴訟法第三〇八条規則第二百四条ニ従ヒ反証及利益ノ証拠ノ提出スルコトヲ促サナケレバナラン 弁護人ハ第三回ノ公判ニテ証人ノ証言ノミニテハ利益ヲ保持シ難イカラ弁第五号証ノ弁済ノ書面ヲ次回ニ提出シ度ヒカラ続行ヲ求メタルニ拘ラズ、之デ結審スルカラ取調ヲ終ツテ弁論ニ入ルト宣言セラレ双方ノ弁論ガアツテ終結シタ、弁護人ハ已ムナク結審後言渡期日前ニ弁済ノ弁第五号証ヲ提出シタ、原審裁判官ハ旧刑事訴訟法ト同様ニ新法ニ於テモ控訴審デ審理サルルモノト誤解シテ居ルヨウニ見受ケラル

弁護人ハ証人赤根勝ヲ同人ガ出廷スル前ニ取調ベテ居ラン然シ被告人ニ取ツテ有利ナ証言ガアルモノト信ジテ居タノニ一部分ノ衣類ガ返還サレテ居ラヌコトガ証言ニヨツテ判明シタ、仍テ弁護人トシテ未返還ノモノニ付テハ示談弁償ノ必要ガアルカラ続行ヲ求メタルニ結審サレテ仕舞ツタ此点ニ付テ弁護人ハ検察官ト異リ証人タル人ト出廷前ニ面接スル機会モナク又誤解サルル虞ガアルカラ弁護人ガ本件公判ニ取ツタ態度ハ正当ノモノデアル

原審ハ被告人ノ立証ヲ押付ケテ結審シタモノデアル、書証ニヨツテ明ナル通リ全部弁償済ミニナツテ居ルカラ普通デアツテ見レバモツト軽イ刑ガ相当デアル

右理由ニヨリ破棄シテ差戻シテ減刑ヲ願ヒマス

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